Taking Care of Business
James Cotton Blues Band/ Capitol 1971
ジェイムズ・コットンはリトル・ウォルターの後任としてマディ・ウォーターズのバンドのハーピストを務めた人物で、マディらをシカゴ・ブルース創生の第一世代とすれば、第二世代にあたる。同世代のバディ・ガイなどが早くからソウルテイストを取り入れてたりするなか、ジェイムズ・コットンはロックに寄せたバンド音楽を試みていた。「The Sky is Falling」はその代表曲だろう。その後、1974年の「100% Cotton」では完全にソウル音楽と化し、バンド名もBluesが取れてThe James Cotton Bandとなった。むやみに新規性を追求するのではなくて、自身のバンドではギターに第一世代の重鎮、マット・マーフィーを巻き込んでいるあたりは抜け目ない。マット・マーフィーについては「メンフィス・スリム」のところで少し触れている。


